TOP SECRET(draft)

【戦艦ストアレSS】

前に書いたTwitterSSを増やしてみた。

 アレックス・ホッパーは二十五分にも及ぶ兄ストーンからの説教をどうにか膨れ面で聞き終えて(最後の最後に頬を思い切りひねられたけれど)、ようやく解放されたとばかりに伸びをしながら、つい思っていたことを口にしてしまった。
 こんな時は口答え厳禁、そんなことは当然わかっていたのだけれど、あまりに頬がひりひりするから少しばかり不平を言わずにはおれなかったのだ。
 兄に黙って仕事を辞めたこと(前科4犯ぐらいにもなればいちいち報告する気にもならない)と、兄の友人達にかれこれ一週間ぐらい食事やら酒やらを奢ってもらっていたことを咎められたのだけれど、別に迷惑はかけていないのだから構わないだろうと思う。彼の財布から金をくすねたわけでもないのに。
 腹が減った、喉が渇いた!とわめくだけで良いならそうした方がずっと楽だ。
「でもさー」
 アレックスは手の平をひねられた方の頬に押し当てながら、腕を組んだままの格好でいる(彼の説教はたいていこのポーズではじまり、このポーズで終わる)長身のストーンを下から見上げるようにして、切り出した。
 この身長差も何となく兄に対して素直になれない理由の一つ、かも知れない。
「なんだ……?」
 まさか反論が来るとは思わなかったのだろう、ストーンは眉間に皺を寄せながらもその問いかけには答えてくれるらしかった。
「俺に説教ばっかりするけど、そんなにご立派な艦長さんなら、何でアニキは独り身なんだよ。もうずっと恋人いないだろ?」
 いつ以来だっけ?と、アレックスは指折り数え始める。ストーンは冗談かと思うぐらいに人気があって、ハイスクールのプロムキングで、クイーンの座はちょっとした騒ぎになるほどの争奪戦だった。
 アレックスは色恋沙汰よりも食欲、の年頃だったということもあり、兄に気に入られようとしてこちらを懐柔しようとするお姉さん達にいつもおいしいアイスクリームを奢ってもらっていたので、兄の困惑顔はさておきそれなりに楽しい思い出だ。
 それから何度か、女性と一緒に写っている写真を見ただけだ。この家に誰かを連れてきたこともない、と思う。
「その若さで艦長だし、ブロンドだし、背も高いのに。まあ、それにたぶん、ハンサムなんじゃない?」
 アレックスは口にした言葉は単なる褒め言葉になっていることにも気付かず、どんどん続けた。
「ちゃんとしろって言われても、恋人の一人や二人いない人に言われても説得力ないじゃん?」
 理由が知りたいんだけど、とアレックスは形成逆転したつもりで、小首をかしげ薄い色彩の青い瞳をじっと見つめた。
 ストーンは、ついっと目線を外すと小さく舌打ちをした。
(あれ……?)
 それは品行方正、パーフェクトな兄にしては珍しい。昔は汚い言葉一つ口にするたびに怒られていたのだけれど、今にもその全部を口にしそうな表情になっている、ようにアレックスの目には見えた。
 ええと。
 もしかして昨日恋人にふられたとか?
 そんな風に茶化して良いものか悩みながら、アレックスも困ったなと視線をさまよわせていると、ぼそぼそ……と、ストーンが何かを呟いた。
「え?」
 思わず聞き返すと、ストーンは顔を上げ、アレックスの目をじっと見つめ返してきた。しかし、相変わらず表情は硬く、険しい。顔色も悪い。
「……なぜか、本当に知りたいのか?」
 声も、低い。
「えっと……」
 アレックスは触れてはいけないところに思い切り手をねじ込んでしまっていたことに、今更ながら気がついた。
「言ってもいいのか……?」
 今度のストーンの声は、先ほどのそれよりさらに苦しそうで泣き出す一歩前のような上擦りがあり、アレックスはそら恐ろしくなってごくり、と生唾を飲み込んだ。説教の時の迫力とはまるで違うのだ。
 そうだ、このストーンには見覚えがある。
 何度も、だ。
 なあ、ストーン?えっと、それってさ。

「いや……その……」
 アレックスが初めてガールフレンドを彼に紹介した時がそうだった。プロムの時はいなかったが、写真の一枚も見てくれなかった。夜遊びが続き、数日家に帰らなかった時もそうだった。

 それから、誰かにご馳走してもらった話をした時も。
「……二度と、聞かないでくれ」
「ご……ごめん……」
 アレックスはあまりに兄が苦しそうだったので反射的に謝ってしまっただけだったが、ストーンはその言葉に、唇を噛み、それから黙りこんでしまった。
「兄貴……!」
「……」
 呼び掛けには視線が返るだけ。お説教ではあんなにしゃべりっぱなしだったのに、今日は一日こんな風に黙っているつもりなのだろうか。
「……さ、散歩でも行く?」
 それはそれで落ち着かない、と思ったアレックスの次の一手はあまりに酷いものだったけれど(犬に言うのでもあるまいに)、ストーンは軽く頷き、少しばかり表情をやわらげてくれたように見える。
「いい?」
「……ああ」
 よし、決まり!とアレックスはストーンの肩を叩いてにかっと笑いかけた。これが正解だとは正直なところ、思ってはいないが。
 たぶん、ストーンは一生口にしないつもりでいる。アレックスが察したものがすべてなのだとしたら、これ以上踏み荒らすわけにはいかない。
 ただ、それならもう少し優しくしてくれたっていいじゃん、とは思うのだけれど。
「アレックス」
「ん?」
「……早くここを出た方がいいぞ」
 あからさまな予防線にアレックスは思い切り舌を出し、絶対に出て行かない!の意志表示をしておく。
 二度と聞くな、と言われれば黙っておくしかない。
 それでも、いつか。
 理由を聞かせてくれればいいな、と思いながらアレックスは兄の堅苦しく止められたシャツのボタンを手を伸ばして二つほど外して、緩めた。
 もちろん、言葉を失って立ちつくしている兄の目を見ながら。

 オマケは、ウィンクだ。
 どうだ、参ったか!

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