Songs

※LAに秘密のシェアハウスを持っているというサイコーなご都合設定。自分で言う(きっぱり)

 午後からエージェントとの打ち合わせ、チェック。
 明後日の航空券の座席の指定、チェック。
 それから、ケータリングの予約、チェック。
「なあ、テイ?」
 最近は何でもモバイルで済ませられるから助かっている。そのモバイルをしょっちゅう行方不明にさせてしまっているアレクサンダーだったが、こうしてなんだかんだと手元に戻るものだから、大事にはしているのだ。
 画面に視線を向けたままの呼び掛けにテイラーからの返事はない、いつも通りソファの右端に頭を預けて本を読んでいる。
 ずいぶんと難しい小説から、親愛なる某監督殿からじゃんじゃん送られてくるらしいノンフィクションの数々、それから大好きなバイク雑誌と、何でも好き嫌いなく読むタイプらしい。
 それからたいていヘッドフォンをつけて音楽を聴いているから、視界の端に顔を覗かせでもしないとリラックスしている時のテイラーから返事をもらうことはできない。
 名誉のために付け加えると、別にテイラーはこちらをないがしろにしているわけでもないし、どちらにしても不満があるわけではない。
 テイラーはアレクサンダーを邪魔しないようにしているだけだし、アレクサンダーはちょっかいを出して気を引こうとする作業が好きなタイプだ。特に、こちらに気付いて目をぱっちりと開いてヘッドフォンを外しながら、なに?と少し首をかしげるところを見るのは、とても良いものだ。
 その時の彼の視界には自分以外の何も写っていないものだから。誰とでも仲良くやれる人間で、多分、親しさでも一緒にいる時間でも圧倒的にテイラーよりも密接な関係の友人も多い。
 だけれど、この瞬間の充実感は特別だ。
 くだらない独占欲だと笑ってくれてもいいけれど。
 さて、もうすぐランチにしても良い頃だと時間をチェックした後、テイラーの後ろから読書の邪魔をしようかな、と思ったそのタイミングで手元のモバイルが少しばかり大きい音を立てた。
 友人の中でも特に長い時間を共有している相手、親友のファレス・ファレスからの着信に、アレクサンダーは母国に切り替えて話しはじめる。
 リビングを横切り、そう広くもないダイニングとキッチンへと向かいながら。
『電話してくるなって言っただろ、こっちにいる時はさ』
 それならテキストを無視するな、というファレスの言い分に、まあそれもそうだと答えながら、話を続けた。冷蔵庫の中身も確認する。
 一週間前から来ているテイラーのおかげでずいぶん中身は充実していた。今日の昼食担当としては嬉しい限り、ではあったけれどそれほど凝ったものが作れるというわけではない。
『ああ、それはおまえに任せるよ。どうせ大勢集まるんだろ?』
 ニューヨークでのパーティーのお誘いだ。アレクサンダーは声を落とすことなく、ランチの献立を決め(ステーキサンドイッチだ)(簡単でいい)、ファレスの「おまえはいつもそれだ」の抗議をくすくす笑って受け流す。
 元いたリビングに足を戻すと、さっきまでしっかりヘッドフォンをしていたテイラーだったというのに、それを少しずらしていることに気付いた。
 ただ目線は下を向いて文字を追っているように見える。
『次の撮影いつからだっけ?俺は、月末まで休みだけど、まだロケ地の場所も聞いてないんだよ。脚本は来た、すごい分厚いの』
 若い監督だけれど凝り性なのだろう、変更は大前提として色々な注釈が記されている脚本はトップシークレットで、もちろんテイラーにも見せていない。見たがりもしない。
 彼は基本的にストイックでクールというか、自ら他人(というと少し言葉はきついけれど)(言いたいわけじゃない)に領域にぐいぐいと立ち入ってくるタイプではないから。
 そんな、彼が。
 この会話に聞き耳を立てている!
 その事実にアレクサンダーは浮かれて顔が笑み崩れてしまいそうになるのをこらえながら、いつもは簡単に済んでしまうファレスとの通話を長引かせてしまう。
 思えば、彼との電話の時はいつも、彼は手を止めたりテレビの音量を小さくしたりしているような気がする。いや、彼とだけではなくて、多分グスタフやダッドとの会話の時もだ。
 ええと、それはつまり。
『あ、いや、悪い。ちょっと考えごとしてた』
 ファレスは呆れた声で『悪知恵はほどほどにしとくんだな』とお説教をくれると、用事は終わりだと電話を切ってしまった。
 アレクサンダーは通話が切れた相手に白々しく、もう少しだけ他愛もないことを話しかけた後、電話を切るそぶりをして見せた。
 そして、ヘッドフォンの位置を元に戻そうとしたテイラーに、ちちち、と小鳥か何かを呼ぶように舌を鳴らして動きを止めさせる。
「え?」
 気付かれた、とその顔には書いてあった。そして、かっと頬のてっぺんを赤くする。
 ほんとこれが自分の前でだけの特別な現象なら良いのだけれど、そうでないことは知っている。でも、今この赤面を引き出したのは俺だ、とアレクサンダーはにんまりと微笑みながら、テイラーに近づいて行く。
「スウェーデン語分かるようになったの?」
 ダディとの会話ならともかく、ファレスとかヨエルとのはあまり聞かせられる内容ではないかもしれないんだけれど、どうなのだろう。
 それとも、内緒話をしていると思って不安になったとか?
「あー……」
 テイラーはいっそう顔を真っ赤にして、両手で顔を覆ってしまった。
 いじめるつもりは断じてない。
 だけれど、こんな彼を見るのはとても楽しい。
「ヤキモチとか?」
 頭が左右に振られた。
 なんだ、違うのか。
「……なんか、さ……」
 少し残念に思ったアレクサンダーだったが、照れていつもより少しだけ上擦ったハスキーボイスに耳を傾けるべく、その場にしゃがみこんだ。そして、手を離して顔を見せてというように、腕を掴む。
「なあに?」
「……スウェーデン語……」
「うん」
「その……話してる時の、響きが……」
 テイラーは指先でくるくると宙を走らせた。
「うん?」
「……何か……歌を歌っているみたいで、好きなんだ。それだけだよ」
 弾んでいるのに、尖ったところはなくて。
 優しい声で歌うから。
「聞いていたくて」
 ああ、恥ずかしい。テイラーはそういうと、真っ赤な顔のまま、照れ隠しなのか、頬を膨らませてしまった。
 しかし、目を合わせてくれないのか、と覗き込むようにすると、いつもより多めの瞬きで答えてくれる。
 アレクサンダーも今、同じぐらい顔が赤いんだろうなという自覚をしつつ、表情だけは余裕を見せた笑みで答えておきたい。
「……ランチは?」
 上手く行ったかどうかはわからないけれど、テイラーはその大きな瞳でじっとこちらを見つめてくれた。照れ隠しで怒った顔を作るのは、いつものことだから気にしてあげないぞ。
「ステーキサンドイッチに決めた」
「マスタード多めがいい」
「了解」
 もたもたと仕度していると手伝ってくれるのはわかっているので、アレクサンダーはにんまりと微笑むと、こつんと額に自分のそれをぶつけた。
「いつでも歌ってあげるのに」
「……たまにだからいいの」
 頬へのキスは拒まれなかったけれど、ランチの前にもう少しとねだろうとした唇をむにっと指先で押さえられる。
「クレソン入れてくれるなら」
「おおせのままに!」
 俺の分だけでいいよ、とテイラーは笑うと彼の方から、優しいキスを返してくれた。
 ただ、少しばかり「優しすぎた」ので、少々アレンジさせてもらうことにした。愛情と独占欲と悪知恵で味付けをした濃厚なキスだ。
 腹減ってるのに、という抗議の言葉は嘘だとすぐに気付く。なぜならテイラーの腕はしっかりとアレクサンダーの背に回ったからだ。
 そう来なくっちゃ。
 かわいいよ、愛しのうさぎちゃん。

 これも歌うように聞こえていたのか、そう思うと興奮するなとアレクサンダーは唇に笑みを乗せた。

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