I Love You

 テイラー・キッチュは撮影の合間の馬鹿騒ぎに巻き込まれた被害者だった。こういう時に加害者になるタイプと被害者になるタイプというのはわりとはっきりと分かれてしまうものだけれど、主演俳優クラス(すべてではないにしても)で、後者になるというのは珍しい。

 しかし彼が好んでそうなったわけではない。今日にしてもこんなことになるとは予想もしていなかったんだ。
「うぅ……っ、ちょっと……重いんだけど……」
 これ、
 あの、
 本当にすごく、すごく、重い。
「ど、どういうこと……なんだよ、もう……」
 テイラーには、なぜ、自分の上に……人が覆い被さっているのか、理解が出来なかった。こんな経験は初めてだったのだ、ごく普通の人と同様に。
「……ね、ねえ、アレク……?起きてくれないかな……」
 若手が圧倒的に多い現場で、人数もとにかく多い、そしてロケ地が南の島となれば皆が羽目を外してしまいがちなのは無理もない。今まで演じたキャラクターからのイメージでそういうのが大好きだ、と思われることも多いのだけど、実際はまったくそんなことはない主演俳優は今、その中でも最大級のピンチに直面していた。
 なぜ、自分の上に彼は乗っかっているのだろうか。
 それに加えて……、
「なんで……裸なんだ……!?」
 酔っ払った、自分の兄役を演じてくれている俳優、アレクサンダー・スカルスガルドをホテルの部屋につれて帰ることになったのは別にかまわなかった。その時はまだ一応彼は支えを必要としながらも歩いていたし、服も着ていた。
 それで、ええと。
 そうだ。
 テイラーは部屋についた瞬間に酔いが覚めたように見えたアレクサンダーに少し二人で飲もうと誘われて、そう、飲んだのだ。だいぶ強いお酒(彼の国のものらしい)を、コップで一杯。
 そうしたら、これだ。
 リゾート仕様の大きめのベッドではあったけれど、テイラーはTシャツと下着で横になっていた。それは何とかもがきながら確認して安堵したのも束の間、自分の上に余すところなく、のし掛かっている体は、全裸だった。何一つ、葉っぱの一枚も、つけていなかった。
 アレクサンダーの酒癖が悪いという噂は聞いていた。しかし、よく知らないうちに噂だけで人を決めつけてはいけない、なんて思っていたのだ。ああ、俺の馬鹿!とテイラーは自己嫌悪に陥りながらも、どうにかここから抜けだそうと必死に体を動かす。と、いうより体を上下、左右に揺すった。
「……ふふ……」
 しかし、相手は全裸だ。
 どうかすると、どうしてしまうのかは、馬鹿騒ぎ経験少なめであるテイラーでもよくわかることだった。耳元で聞こえたハミングはアレックサンダーのもので、つまりそれは……。
「……アレク、ちょっと……それはないって!」
 動けば動くほど、男の大事な部分に刺激が加えられてしまって、結果アレクサンダーは夢の中でだいぶ良い気持ちになってしまいかけているのだ。そういう下品なジョークにすら参加することの少ないテイラーにとってはこの事態は絶対絶命と言って良かった。
「ふふふ……ははは、テイラー、おまえそういう時は突き飛ばしていいんだよ……」
「お、起きてたのかよ!?」
 今、起きたの。
 と、語尾にハートマークでも付きそうな甘えた口調のアレクサンダーがまだ酔いから完全に覚めていないのは明らかだった。しかし、すぐ目の前にある顔はにんまりと、とてつもなく幸せそうに微笑んでいて、テイラーは起きたら文句を言ってやろうと思っていたのに、それが出来なくなってしまった。
 ええと。
 でも、この状況はおかしい、ですよね?
「寝る時……ふ、服を着ないにしてもさ……」
「おまえが一緒に寝ようって言ったんだぞ?」
 嘘だ。
 そう、すぐに言い返そうとした時のことだった。
「!?」
 ちゅ、と音を立ててアレクサンダーが唇をついばんだのだ。目を見開いて、呆然とするしかないテイラーにアレクサンダーは構わずそれを続けた。ちゅ、ちゅ、ちゅ……と三度ほど悪戯をしかけると、そのまま体をぐいっと前に押し出すような格好で上半身を持ち上げる。
 うわあああ、と悲鳴をあげたはずなのにそれが外に漏れなかったのは、もちろん、事前にアレクサンダーが口をふさいでおいたからだ。まさに電光石火、事態を把握する前に、押さえつけられたようなものだ。
 しかも、あきらかに硬くて熱を帯びた何かが、自分の下腹部より少し下の、その、ジャストその位置、というところにぐりぐりと当たっているのがわかってしまったのだ、気付きたくないのに!
 それにこれは、キスじゃないか!
 わああああ!
 二度目の悲鳴も唇が離れたその瞬間に、がっと口の中に親指を押し込まれ、呻き声に変わっただけだった。がっつりと手の平の指の付け根のところまでが口に入っているのだ、どうすることも出来ない。
 テイラーの経験上、こんな酷い目に合わされたことは初めてだったし、こんな風にしておきながら、嬉しそうに笑っている人間を見るのも初めてだった。
 何この人、怖い!!!!
「しーーーー……、静かに……」
 にんまり、と微笑んだアレクサンダーはどこからどう見てもハンサムな、優しい、頼れるお兄さんにしか見えない。それなのに、彼は今全裸で共演者の口の中に手を突っ込んで、股間を完全に勃起させているのだ。
 神様、どうか助けて下さい。
 テイラーに出来るのはもうそれぐらいのことで、いっそ気を失ってしまいたかった。しかし、続けられたアレクサンダーの声は、女の子なら一瞬で恋に落ちてしまうんじゃないかな、と思えるぐらいの甘い、甘い声だ。
「愛してるよ、テイ。俺は優しい男だ、知ってるだろ?」
 うん、うん、と口を無理に開かされたままテイラーは頷いた。
「これからもずっと仲良くしような?できるよな?」
 うん、うん、そうやって頷くのはもちろん、恐怖心からだ。
「よーし、良い子だ。やっと伝えることが出来て嬉しいよ。片思いは体に良くない、うっかり悪酔いしてしまったからどうなることかと思ったよ」
 テイラーは口の中にどんどん唾液が溜まっていくことにさえ怯えていたが、アレクサンダーはそれをジューシーになってきた、と言って笑い、テイラーの額にキスを落とした。
 と、思った瞬間。
「えっ……げほっ……ごほ……っ、ア……アレク……?!」
 がくん、とその大きな体は操り人形の糸が切れたように脱力して、再び重たくテイラーの上に覆いかぶさってきた。
 今度は顔のすぐ横に、意識を失った整ったアレクサンダーの顔があり、テイラーは頭突きでもしてやろうか、と覚悟を決めたが、どうにか思い留まった。
 酔った上のことにしておけばこれからの撮影で波風が立たない、と思ったのと。
「……愛してるよ、テイ……」
 その寝言に気が削がれたからだ。
 ごくりと唾を飲み込んだ時に少しむせてしまったが、色々どうにかこうにか無事だったテイラーは、とりあえず今日は彼を許すことにした。
 明日から、最大限に警戒することにするし、お酒を飲んだアレクサンダーには近寄らないことを心に誓うけれど。
「……はあ………怖かった………」
 真顔でジョークを言うタイプだったのかも知れないし(勃起していたことは必死で忘れることにしよう!)、なぜだかあまり責める気にもなれなかったテイラーはゆっくりとアレクサンダーの体から這い出すことに成功した。
当然のことながら、立派そうだった下半身は見ないようにして。
「……テーイ?」
 テイラーって呼べよ、と思いながら俯せになっているアレクサンダーにシーツをかけて、テイラーは自分の部屋に戻ることにした。むにゃむにゃ何か言い続けていたけれど、それは聞かない方が良いと思ったので。
 自分の着ていた服があらぬところと場所に散らばっていることも、気付かないふりを決め込むと心に誓って。

 だ、大丈夫。
 下着は履いていたから、大丈夫!

 これはしばらく、テイラーの中でくり返されることになった、おまじないだ。
 きっと、大丈夫。

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